天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


     10



いよいよと迫った商店街主催の七夕イベントを前に、
演目の一つ“織姫様コンテスト”のエスコート役を依頼された最聖のお二人。
浴衣美人を選ぶ主旨の催しなので、
だったら私たちも浴衣姿で華(?)を添えましょうよと、
昨年の夏に仕立てた浴衣を押し入れダンスから取り出したものの、

 『浴衣を着るのはいいけれど、
  私たち自分では着られないよね、これ。』

 『あ…。』

エキゾチックジャパンなものが大好きなイエスとて、
和装の正式な着付けまでは さすがに知らない。
昨年、花火大会を見に行くのにと誂えた本格的な浴衣だったが、
そういや、当日の着付けは呉服屋の奥様に手掛けていただいたのだった。
自分の手に余るようなら美容院に予約を…とか、
年配の人なら手慣れているかもとかいう、
ご当地ならではの ノウハウの蓄積が、生憎と全くなかった彼らであり。

 『梵天さんだったら、
  これの結び方の印も知ってるんじゃないの?』

ネクタイ結びの印が使えるのならば…とイエスが持ち出したところ、

 『知ってても知りませんよ。』

ブッダ様が相変わらずの反応を見せてから、(笑)

 『図々しいかもだけど、呉服屋さんに頼んでみないかい?
  現場というか会場は商店街なんだし。』

あくまでも仕立てるところまでがお仕事で、
着付けまでしてくださったのは、
果たして呉服屋さんの本来のお商売の中にあるものか。
昨年は特別だったというの、さすがに彼らにも判るけど、
頼る先を他には思いつけなんだのだからしょうがない。
ダメモトでお願いしてみようと意見もまとまり、
当日いきなり頼むのは向こう様にもご都合があろうし、
まずはお伺いを立てなきゃあと。
当日まで猶予があるうちの 今日にも訪ねるべく、
お買い物のついで…というのは失礼かもだが、
それこそ毎日の習慣のうちのこと、
商店街までお出掛けすることと相成って。

 「…うわぁ。」

部屋から出ると、空には雲も多く、
時折強めに吹く風も どこかねっとりと湿気が感じられ、
ぱふんと生暖かい風に撫でられて、
不意だったからだろう、イエスが思わずの声を出したほど。
これも台風の影響なのかなと、
朝のうちに観ていたニュースショーで
接近は来週の頭の話ですがと取り上げられてた不穏分子を思い出す。
がっつりと七夕へ絡みそうだという日取りだったので、
おやと注意を留めてしまった彼らであり、

 「台風かぁ…。」

肩から提げていたトートバッグの紐を直しつつ、
ブッダが呟いた声音が、やや沈んでいたそれだったので、

 「直撃なんてしたら、
  さすがに七夕のイベントへも影響が出ちゃうかな。」

 「あ、うん。それもあるかもだね。」

イエスから言われて気づいた様子だった辺り、
もっと他に深刻な心配事があるらしく。

 「何なに? アヒンサーの心配?」
 「いや、苦行林じゃなし、
  雨のたびに虫が大挙して這い出ては来ないだろう。」

住宅地だし、古くからの神社や何やも残っている関係で、
結構 緑も多い方だが、
それでもアスファルトやコンクリが地面を蓋している感が強い土地。
なので、それを案じたことはさすがにないと、かぶりを振ったブッダ様。
じゃあ何が気になるのかといや、

 「台風が大暴れするとサ、野菜の値段にモロ響くんだよね。」
 「あ…。」

台風に限らずの天候全般、
大雪になったり旱魃もどきになるなど、
突拍子もない状況が襲うと、てきめん影響が出るのが生鮮青果。
作物そのものが傷んだり、配送システムが機能しなかったりで、
品薄になっての高騰というのが、
ブッダには今から案じられてならないらしく。
オクラやシシトウ、ピーマンなんかは、
先日の大荒れの天気でハウスが打撃を受けて、
収穫が出来ないところもあるらしいし、

 「それでなくとも、
  夏野菜ってデリケートなものとか多いからね。」

キュウリもトマトもナスも、
風で揺さぶられたり葉っぱに擦られるだけで傷んでしまうとかいうし、
摘んですぐに市場へ運ばれたものでもそうそう何日もは もたぬもの。
搬入に1日とかかかっちゃったら、
それでもう、もっと早くに傷み始めちゃうしねぇと。
家計と献立を預かる“主夫”としては、
何とも気が重いなぁというところなのだろう。
日頃しっかり者なのに、
得意分野でまでそんなことを言い出す伴侶様なのへ、

 「ブッダ。」

二の腕へ触れてこっちを向いてよとイエスが促したのは、
大川の支流だろう中通りに沿って流れる小さな川を
挟み込むように設置されてるフェンス沿い。
ブロック塀にいろいろな生きものが描かれているその横で。
なぁにとお顔をそちらへ向ければ、

 「大丈夫だ、ブッダ。
  何となれば、冷や奴とそうめんがあるでしょう?」

そりゃあ真剣なお顔でそんなことを言い出す神の子なのへ、

 「……。」

ああ、予算に思わぬ制限がかかって
メニューに困ってると思ったのかな、
それとも野菜以外にも眸を向けなよと言いたいのかなと。
意図を酌んで差し上げてから、

 「いやいや、
  キミは板わさとかハムエッグとか食べていいんだし。」

練りものなんて、どれほど価格安定していることか。
さすがにそこまでわざわざ言わなかったが、
案じなくてもいいんだよと言い返したところ。
大きな海獣の絵を背景に、
ふんっと鼻息荒く胸を張ったヨシュア様いわく、

 「キミに手をかけてもらってないものを食べても嬉しくないもの。」
 「いえす〜〜〜。///////」

誰も通りすがらない時間帯でよかったと。
堂々と胸を張って微妙な物言いをする神の子様の大胆さへ、
困ったように頬を染めつつ、
ああでも嬉しいなぁと、正直なところも重々感じ、
複雑な困惑に胸が一杯になってしまった釈迦牟尼様だったりするのである。




     ◇◇


商店街が近づいて来つつあったところで、ふとブッダが、

 『あ、そうだ。』

何か思いついたらしい声を出し、
駅ビルへ先に寄ってこうと言い出した。

 『駅ビル?』

商店街より もちょっと向こう。
何でそんな先へまで足を運ぶのかなと小首を傾げるイエスへ、

 『だって、手ぶらでお願いに行くっていうのも何だし。』
 『あ、そか。』

付け届けだね、いやこの場合“手土産”だよと、
正しい日本語講座を展開するお約束を挟んでから、

 『商店街で買うってのは いかにも間に合わせっぽいから。』

ご進物は大仰だけれど、
ラフティのケーキとか銀嶺庵の水羊羹なら
無難じゃあないかと思ってと。
さすが“中道”を説いて来たお人だけあって、
絶妙なバランスについてを
しっかと考慮する心遣いがおさすがだったが、

 “東洋の人って繊細微妙なんだねぇ。”

実のところ、
イエスには今一つ判らぬ考慮だったことは この際内緒。
よほどにマナー違反でない限り、
若しくは当てこすりな代物でない限り、
問題なかろうにと思っちゃったものの、
ブッダがそうしたいのならと にこり微笑って従うことにする。

 “私のそういう大雑把さこそ
  直さにゃあいけないところかも知れないんだしね。”

問題の ちょっぴり贅沢な逸品、
本格的な仕立てようをした浴衣だって。
びっくりさせようなんていきなりなことを構えたところ、
いろいろと内緒ごとが多い運びになった上、
お互いに アガペーや普遍の慈愛とは別口の
特別な“好き”なんだと告白し合ったばかりという
微妙な時期だったものだから。
ブッダが大きく動揺し、
不安定さから初めての混乱を見せもしたのを思い出す。

 “大変だったよねぇ。”

誰か一人を特別に“好き”になることの難しさ、
恐らくは初めて実際に体感した彼だったに違いなく。
好きな人の思わせ振りへ鷹揚でなんかいられなかった初心な気持ちと、
そのくらいで動揺する自分への戸惑いや困惑と。
どちらもただならない大きさの感情だったがゆえに、
どうしたらいいものかと大きに混乱していたキミだったものねと。
悟った人のはずが、
これに関しては浮足立ってたのを懐かしく思い出しておれば、

 「…うん。やっぱり銀嶺庵の水羊羹にしよう。」

和菓子の名店を口にして、
こっちだよと、見えて来た駅ビルの入り口の1つへと足早に向かう。
ちょっとしたことへも動揺していた初心な人は、
でも、数カ月と経たぬうちにどんどんと落ち着きを身につけたし、
慣れぬことだったろに、彼の側からも甘えてくれるようにもなって。
やっぱり頼もしいよなぁなんて、
感心することしきりだったイエスでもあって。

 「? どうかした?」

こそり惚れ惚れと自慢の伴侶様を眺めていたれば、
そんな気配が伝わってしまったか、
名店街コーナーまでの道行きにて、怪訝そうなお顔をされてしまい、

 「ううん、何でもないvv」

今夜は何にするのかなと思っただけなんて誤魔化す白々しさよ。

 「そうだねぇ。」

豆乳とうふの冷製あんかけっていうの、美味しそうだったでしょ。
あ、私も思った…と、
昨日のお料理番組で紹介されていた夏のメニューを口にして。

 「冷たい茶わん蒸しっていうのも、
  玉子どうふみたいで美味しそうだったし、
  中にギンナンとか枝豆とか入れられるしねぇ。」

 「……♪」

どっちがいい?と はんなり微笑ったお顔が一番美味しそうだったなんて、
そんな罰当たりなことは…思ったけれど言いませんともと。
胸のうちで姿勢を正したイエス様だったが、
彼らを見やる視線に気づいてのことではなかったのが、
この後、ちょっぴり後悔を誘ってしまうのだった…。






  そうでなくたって、
  こっちを伺ってる人がいるみたいだし。


昨日、雑貨屋さんの奥さんから訊いた、
自分たちを探している人がいるらしいという話。
それを聞いて、実は
“ややや”と内心で焦りかかってたのがイエスでもあって。
冗談抜きに心当たりなんてないけれど、
自分たちを見やる視線というか気配というかを、
この何日かのうちに感じ取ってたからであり。

 しかもしかも、随分と真剣真摯な見つめよう

小さきものからの無垢で無邪気な思慕であれば、
微笑ましいものとして済むけれど、
これほど重厚にも張り詰めた想い…の感触と来れば、
ブッダへの、清廉で一途な信仰心を持つ
それはそれは強敵なライバルかも知れぬ。
慈愛の如来というお顔とは別に、
生真面目で自分に厳しく、融通が利かないほど誠実で勤勉な釈迦牟尼様。
そんなところをこそ、何と高貴なと崇拝するような
自身もきっと生真面目で質実剛健なのだろう、
雄々しく頼もしいシンパシーも多いようで、

 そんな崇拝者が
 こっそりと自分たちを観察しているのではなかろうかと

そんな気配に思えてならなかったものだから、
ブッダ本人が気づいていないのなら、
言うまでもないかなと、今のところは黙っていたが、

 “女の子が尋ね人してたってのは知らなかったなぁ。”

可愛らしい思慕だったから拾えなかったか、
だとしたら それもそれで問題じゃあないかなぁなんて。
モテ紀を気にする割に、
実際はブッダ大事で見過ごししまくりのイエス様。
和菓子屋さんのショーケース前で
品定めをしていた如来様の涼やかな横顔へこそ見ほれつつ、
ふと、そんなことを思い出し。
いやいや いかんいかん、無駄にゆるんでいたらば、
その観察してる誰か様にブッダを攫われちゃうじゃないと。
こそりかぶりを振って 気を取り直し、
ちょっと渋いデザインの紙袋を提げた伴侶様と一緒に歩きだす。
冷房の利いてたビルから出るのは
ちょっと名残り惜しいとかどうとか言いつつ、
自動ドアから表へ出れば、
むんと密度の高い外気が生暖かく迎えてくれて。

 今日は帰ったら冷風扇使わない?
 え〜? まだそれほどじゃあないでしょう

そんな会話を交わしつつ、商店街へと戻りかかれば、
そんな二人へ、

 すぐ傍らの大通りをすべり込んで来た1台の車と、
 それからそれから、

 「…あ、あのっ、もしかして聖さんではありませんか?」

車道側に立っていたブッダが、
何物かに二の腕を取られたのとほぼ同時。
そのお隣にいたイエスのやはり二の腕を掴まえて、
か細いお声をかけて来た存在があり。

 「え?」
 「…っ。」

それは手入れのいい、つややかな黒髪は
シャンプーのCMでもそうはお目にかかれなかろう
上質の絹糸のような瑞々しさと
極上の指通りとを見た目で既に伝える逸品で。
小さめのお顔は、ちょっぴり今時のお雛様のような、
品もあったが愛らしさが勝る整いよう。
か細く可憐な四肢を、
デザイナーズブランドらしきサマースーツに包んだお嬢さんで、
ああこの子が…と、
イエスとそれからブッダへも感じさせた同じ間合い、

 「…え?え?」

何とも微妙な感慨に襲われ、知らず隙が出来ていたものか、
二の腕を掴まれるなんて、初歩もいいところの襲撃だったのに、
それへの相応な対処も取らぬまま、
提げていた紙袋を足元へ落としたほどの不意打ちにまんまと攫われ、
二人掛かりだったらしい何物かに、ボックスカーへと連れ込まれていた
象さんを投げられるはずのブッダ様だったのでありました。








       お題 * 『焼きもち 甘いかしょっぱいか』



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  *もたもたしてるうちに こっちでは祇園祭です。(うう…)
   東京でも熱帯夜だそうですね。
   冷風扇 初稼働のお話は、一体いつ書けるんだろか。

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